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何故、日本のIT(サービス)業界にどうしても胡散臭い印象を持ってしまうのか? [経済学・経営学(応用的分析を含む)]

※1以下の文章は著者が個人として完全な「趣味」で書いた文章であり、特定の組織の意見を代表するものではありません。
※2同様に下記内容に基づいて読者が何かしらの投資行動をしても、その結果について一切の責任を著者は負いかねます。
※3初稿は限定公開と致しますが、事前に著者に御一報頂ければシェアと転載を一切拒絶するものではありません。

お前の印象論なんかに興味はないと言われてしまうのも覚悟で書こうと思う。
はっきり言えば、いちゃもんレベルなので「お前の戯言に興味はない」という方はシカトを決め込んでください。

最近、芸能ニュースを見ていると、「芸能人が一般男性と結婚(交際)」という記事ばかりだ。
一見、「芸能人と言えども家庭生活は慎ましいのか?」と思えばそんなことはない。
「一般男性」は「IT経営者」と相場が決まりつつあるのが最近の芸能人の結婚事情のようだ。

ざっと記事を探すだけでも以下の通り。
http://www.huffingtonpost.jp/2017/04/28/rei-and-yoshiteru_n_16314342.html
http://news.livedoor.com/article/detail/13213881/
http://moneytalk.tokyo/entertainment/3898
https://news.nifty.com/article/entame/showbizd/12216-1269600/

「一般男性」ではなくて「IT経営者」と書いた方が良いだろう。
健全な青少年諸君で、芸能人との結婚を夢見る諸君は、是非、IT経営者を目指してほしい。
女優、グラドル、アイドルまでお金さえあれば結婚できるかもしれない…。

しかし、どうも引っ掛かる。IT経営者ということでその企業の名前も出てきて、世間は「玉の輿」だと叫ぶのだが、どうも私にはサッパリプー、聞いたことがない企業ばかりだ。
時代の流れに疎いんですよ、一匹狼さん?そうですね、そうかもしれませんね。

でも、芸能人の結婚ニュースに出てくる企業の名前で、以下のランキングに出てくる企業はいったい何社あるだろうか?
https://info.finance.yahoo.co.jp/ranking/?kd=4

時価総額ランキング(2017年6月18日確認時点)を見る限り、日本におけるIT業界、特にITサービスの地位の低さは芸能人と結婚する経営者が多い割には意外に感じる。
それにも拘らず、何故、世間は「玉の輿」と報じるのだろう。

日本の時価総額ランキングでは、ITサービス最高位は総合第5位のソフトバンクグループ。
勿論、それでも高いのかもしれない。
第7位はKDDI、次は第44位のヤフーだ。ヤフーってまぁ、ソフトバンクグループなのですが。
因みに私はここで孫正義さんはやっぱり凄いですね、と言いたいわけではない。

続いてアメリカのランキング。データソースがあまり有名ではないがご愛敬。
http://dogsofthedow.com/largest-companies-by-market-cap.htm
第1位がアップル、第2位がアルファベット(Google)、第3位がマイクロソフト、第4位がAmazon、第5位がFacebook。
アップルはまぁ物を作っているとして、後はITサービスと言って差支えがないだろう。
そのくせ、Googleの創業者の奥さんがハリウッド女優とかビルゲイツの奥さんが元PlayBoyのグラビアガールだなんて話は英語力の分からない私には聞こえてこない。

何だろう、この格差。因みに日本のIT企業については年収ランキングのようなものもあるらしいが、生憎、芸能人との結婚で世間を騒がしている企業の名前は出てこない。
http://dannu.hatenablog.com/entry/2016/10/29/184100

大変申し訳ないが、各芸能人事務所とマスコミはIT業界についてもう少し勉強した方が良いんじゃないかと思う。
私がグラドルだったら時価総額と年収ランキングで一時スクリーニングしたうえで、各社の有価証券報告書を読んだうえでIT経営者との合コンに臨むぞ(笑)。

勿論、真面目に次の時代のIT業界、社会におけるIT活用を追及している、担おうとしている人達もたくさんおられるだろうし、事実、私の周囲にもたくさんいらっしゃる。
でも、FintechやAIといったテーマで世界にまともに伍していけそうな新進気鋭の企業は日本にあるだろうか?
申し訳ないけど、私が知る限り見当たらない。

本当に本当に申し訳ないけど、15年前、私がIT業界に抱いた「胡散臭さ」が今以て、払拭されている雰囲気がない。
それどころか、芸能人との結婚ラッシュで胡散臭さはさらに増すばかりである。
どうか、「一匹狼さん、あなたは間違っている」と済々と反論してくれる人をお待ちするばかりである。
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informationの薄利多売を憂い嘆き、ありもしない絶対的なintelligenceを求める世間に疑問を呈す-SEO対策よりも大事なもの- [一匹狼ゆうくんの天下国家論]

※1以下の文章は著者が個人として完全な「趣味」で書いた文章であり、特定の組織の意見を代表するものではありません。
※2同様に下記内容に基づいて読者が何かしらの投資行動をしても、その結果について一切の責任を著者は負いかねます。
※3初稿は限定公開と致しますが、事前に著者に御一報頂ければシェアと転載を一切拒絶するものではありません。

昔、ある先輩に言われた。「CIAが分析する情報の7割はネットに出回っている情報なんだぞ」。
しかし、世間は「特別な情報」を求める。ところが日本人は「特別な情報」にお金を支払いたがらない世界的にも稀有な民族のように思える。
その結果が今の日本だとしたら、こんな悲しいことはない。

特定企業のまとめサイトの問題がちょうど世間を騒がしているようだが、そんなことは氷山の一角に過ぎないだろう。
偶然にも失敗したネットメディアを他のネットメディアが叩いているようにしか私には見えない。
大学のレポートのコピペならいざ知らず、商業サイトもこのありさまである。
日本語の公用語が英語じゃなくて本当に良かったと思う。

英語圏では、偽ニュースや超偽ニュースが流行っているらしい。
確かに偽ニュースを見抜くのは難しい。
異なる複数のネットメディアで同一ニュースが流れれば誰でも、私でも、嘘かどうかを見抜くのは難しい。
幸いにして、経済関係のニュースについては自分の目で「原典」に当たって真偽を確認できる。
「原典」が間違いだったら?そんなことは往々にしてあるが、これについては見抜く方法が幾つかある。
勿論、そんな方法は然るべき対価を支払って経験に基づいて会得するものだが。

10年前かもっと前くらいだろうか、「Google先生に聞いてみる」という表現がやたらと流行った時期があるように思う。
この時は「何でもかんでもGoogle検索して全くダメだぞ」とGoogle依存を批判する文脈で語られたような気がする。

しかし、昨今のまとめサイトの問題が示唆するのは、「Google先生」にすら聞かない、自ら情報弱者になり果てた人々の悲喜劇だったのではないだろうか?
目下、ゾンビ映画やゾンビゲームが流行っているが、肉体は人間でも頭脳はゾンビに成り下がっていないか、自戒も込めて考えたい。
巧妙に偽情報が複数のメディアで取り上げられると打つ手はないが、昨今のまとめサイト問題は「Google先生」にきちんと聞けばそれなりに見抜ける話も多かったのではないだろうか?

思い返すと大学受験時代、英語や日本語の要約問題をひたすら塾で解かされた時期がある。
情報をまとめる能力の大切さを知るのはそれから10年後である。

「Google先生」が皆の周囲から旅立った頃からだろうか?
或いは3.11が起きた頃からだろうか?
何気なく見ているネットニュースサイトに違和感を覚え始めた。
例えば、「記事の主人公と写真の人物がずれている」(誰か芸能人の逝去記事だが、使われる写真は逝去の知らせを聞いて驚く別の芸能人)や「記事の内容とタイトルが異なる」といったケースが増えてきているような気がする。

テレビで「この続きはCMの後すぐ!」と言いながらCMが終わっても延々とこれまでの繰り返しを流すように、ネットニュースでも読者の期待を煽って期待外れというオチを突きつける事例が増えているような気がする。
その中でのまとめサイト騒動。何が原因だろうか?
テレビは視聴率だ。ネットで言うならば検索順位だろうか?一言で言えばSEOである。

他の要因も数多いと思うが、私はまとめサイトの問題も、写真やタイトルと記事の内容の相違も、SEO対策のなれの果てと感じている。
それはテレビ番組が視聴率と自己検閲自己規制の狭間でそっぽを向かれたのと同じような現象のように思う。
その結果がマスメディアへの不信感(所謂マスゴミ)と偽ニュースの氾濫ではないだろうか?

私も経済や経営関係の記事で沢山の乱造記事を見てきたし、最初は注意を促すようなこともしなかったわけではない。
しかし、SEO対策、検索上位になることを優先すると言われてしまって、それ以上何も言わないようにした。
今は医療健康サイトが問題になっているが、次は経済・経営関係の記事が火元になってもおかしくないと思う。

では、何が解決の糸口になるか?情報の書き手に対する尊敬の回復だと思う。
それは安売りのInformationではなくて高付加価値のIntelligenceの復権と発展だと思う。
そのためには「特別な情報」を「無料」でほしがるクレクレ君の集まりである日本社会の前提を変えるところまで考えないといけないのでは、と私は思う。

勿論、ド素人の私一人がこんなことを言っても数多い情報の津波に押し流されてしまうのだろう。
ただ、このままだと脳みそゾンビが大量発生してしまうのはないか、またの名前を洗脳された人々が、社会を埋め尽くした時、70年前の悲劇をまた繰り返すかもしれない。
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USAと口にすると「ウザっ」と謗られかねないくらい、アメリカを知らない僕が引き続きアメリカを中心に2017年以降の世界を考えますよ、メイク・アメリカ・グレート・アゲイン [一匹狼ゆうくんの天下国家論]

※1以下の文章は著者が個人として完全な「趣味」で書いた文章であり、特定の組織の意見を代表するものではありません。
※2同様に下記内容に基づいて読者が何かしらの投資行動をしても、その結果について一切の責任を著者は負いかねます。
※3初稿は限定公開と致しますが、事前に著者に御一報頂ければシェアと転載を一切拒絶するものではありません。

前回の記事以降、若干、円高に進んだものの、思ったほどではなくちょっと物寂しい一匹狼ゆうくんである。
前回はデータの考証がメインだったが、今回は肩肘張らず、根拠もなく、好き勝手書いてみようと思う。
今は、アメリカに行くときはSNSの登録状況を調べられるらしいが、純ジャパの私が何を書いたってアメリカのCIAやらFBIが丁寧に読んでいるとは思えないので引き続き適当に書かせてもらおう。

「アメリカは世界の警察官ではない」…オバマ前米大統領がそんなことを仰っていたのは良く調べてみたら2013年9月のことらしい。
http://net.keizaikai.co.jp/archives/498
私は熱心な『文明の衝突』(サミュエル=ハンチントン)の信者であり、そんな日が来るようなことも同著に書いてあったので別に驚かなかった。
だからトランプ政権が更に進んで所謂モンロー主義的な言い方を持ち出しても私は驚かない。

ただ、アメリカが世界の安全保障に対する役割期待を「放棄した」という日本の論調には違和感を覚える。
「放棄せざるを得なかった」というのが正しい表現だ。
この言い方も、『文明の衝突』にその可能性が触れられていた。
同著が話題になった時から、「分断された国家アメリカ」というフレーズもよく聞いた。
従って、トランプ大統領と共によく語られる「アメリカ社会の分断」というキーフレーズも15年くらい前に何となく聞いていたのでSo What?という感じである。

アメリカが衰退する、というよりは相対的に他の国の実力が高まる歴史的な潮流の中で、トランプ政権はどんな役割を果たすのか、というのが個人的な興味である。
正直、アメリカの大統領選は、アメリカの相対的な地位の低下という事態についてどう対処するか見極める機会だったと思う。
ただ、そこで「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン」というスローガンを掲げる人が勝ってしまった。
アメリカ国民は皆、アメリカの事実上の衰退を認めなくないながらも、現実として受け止めていたということになるだろう。

では、トランプはアメリカの相対的な地位をさらに低下させる「愚君」か、地位低下に歯止めをかけてもしかしたら若干の地位向上を果たしてしまう「名君」か、その見極めをこの4年間でしていくことになるだろう。

テストの点数が急にスランプに陥った秀才のように、スポーツのスコアが急激に悪化してスランプにはまったスポーツ選手のように、今のアメリカは、国際的な地位の相対低下で自らの存立基盤、存在価値、アイデンティティーまで疑いに掛かっている。
ゴルフのスコア200の私が言うのも僭越至極だが、ゴルフのスコアが悪くなった時にしばしば打ち方を根本的に変えようとする人がいるが、今のアメリカはそれに近いのかもしれない。

だから、アメリカの存立基盤である「寛容な移民政策」「民主主義」に「あえて」疑問符をつけ、揺さぶりをかけることでアメリカの真の価値を見極めようとしているのではないか、と私は思っている。
トランプ大統領自身が、そこまで深慮遠謀を踏まえているか分からない。
ただ、その娘婿等の顧問団はそこまで考えて動いているだろう。

移民禁止令に対する世論調査は大統領令に賛成する動きが多数だが、激しいデモが繰り広げられて、この記事を書いている2017年2月5日時点では、裁判所が大統領令の効力を認めていない。
アメリカの三権分立、民主主義、寛容な移民政策はまだ健在だということを内外に示した。
だが、逆に言えば、このように今まで何となく「アメリカの本源的な価値」とされていた項目に一々メスを入れて、反応を引き起こして、それを以て、アメリカの本源的な価値を再確認させるという手法はある意味でアメリカの強みを再認識させることになるだろう。

この連続が実はアメリカの国際的な地位の再浮上のきっかけになるかもしれない。
少なくとも4年間で中国やロシアが今のアメリカ以上に民主主義的で、異文化異民族に寛容な移民政策をとるとは考えにくい。
従って、このようなことを4年繰り返して、トランプと真逆のタイプの大統領が4年後に就任すればアメリカは再び再浮上するかもしれない。

だが、逆のリスクも存在する。アメリカ国内でテロが相次ぎ、トランプ大統領のやり方が正しいと認識された場合は次の大統領もトランプ的な動きをとる人物になるだろう。
そうすればアメリカの国際的な地位は引き続き下がり続ける。
直ぐに中国やロシアなどに逆転されることはないだろうが、長く緩やかな坂道を転がり落ちるようにアメリカの地位は下がっていくだろう。

今の日本はアメリカと心中するしかないように見える。
『文明の衝突』を読んだ方であれば、著者のサミュエル=ハンチントンは今の日本人、日本社会からするとかなりイレギュラーで受け入れがたい結論を用意していることをご存じだろう。
私も長い長い年月が経てばその結論が受け入れられる可能性は高まると思う。
長いと言っても今後、20年くらいが勝負ではないか。

ロシアと日本の首脳会談の結果は日本のマスコミでは散々に叩かれていた。
その通りかもしれないが、独自外交を始めようとしているだけでも大きな進歩だろう。
今後、アメリカが自らの本源的な価値を自ら棄損して、国際的な地位を押し下げるのであれば、日本はより一層、独自外交の可能性を探るだろう。

その点では、多くの歴史家は今、この現代に生きれることを感謝するべきではないか、私はそう思っている。
私もこの破滅的で物悲しく、だが、盛大な花火大会をできる限り見晴らしのいい席で眺めたいと思っている。
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アメリカと言えば、グアムに行ったことしかない僕がアメリカを中心に2017年以降の世界を考えますよ、メイク・アメリカ・グレート・アゲイン [一匹狼ゆうくんの天下国家論]

※1以下の文章は著者が個人として完全な「趣味」で書いた文章であり、特定の組織の意見を代表するものではありません。
※2同様に下記内容に基づいて読者が何かしらの投資行動をしても、その結果について一切の責任を著者は負いかねます。
※3初稿は限定公開と致しますが、事前に著者に御一報頂ければシェアと転載を一切拒絶するものではありません。

今まで散々書いてきたように私はとてつもない欧米コンプレックスの持ち主である。
大学時代、帰国子女や国際部の友人達が輝いて見えた。
友人知人の「アメリカ」話に全くついていけなくて20代はとても辛い思いをした。
ニューヨーク5番街のオイスターバーもNBAも私には異次元の話である。
イリノイ州やらオハイオ州と言われてもどこにあるか分からない。
強いて言うなら、ラスベガス=ダラス=エリア51というのが私の中のアメリカである。

英語がピコ太郎レベルである。「ディスイズはペン」レベルである。
アメリカ(と言ってもグアムだが)に行ったのも、アメリカ人から名刺をもらったのも三十路を過ぎてから。
そのアメリカ人は全身から余裕と自信にみなぎっていた。
よくこんな国民に70年前に日本人は戦争を挑んだんだと呆れるほど、感嘆してしまう。

私にとってのアメリカは携帯電話のイメージしかなく、10年近くBlackBerry(カナダの会社だけど)と5年近くiPhoneを使って何となくアメリカだなぁと感じる程度。
最近はアメリカに入国する際にSNSを調べられるという噂も聞いているからきっとこんなことを書いている時点で、入国できるか分からない。
まぁ、一介の小市民が書く日本語のブログを解析する暇があったら是非、メイク・アメリカ・グレート・アゲインのために時間と能力を使ってください。

2017年1月も半分過ぎてしまったが、改めて2017年以降の世界情勢について根拠のない、勝手な予測を書いておこうと思う。
予測というか、妄想に近いので真に受けないでほしい。もう直感の世界なのだから。
アメリカについて冒頭述べたのは、2017年以降はアメリカで決まっちゃうから。
今まではアメリカの状況を所与として、中国を見てきたが、もうアメリカが何か仕出かして世界が動く次元に来てしまっている。

今まで散々書いているように、我々は歴史の大転換に生きていることを実感した方が良いと思う。
私達が祖父母に戦争中のことを教科書の補足資料のように尋ねるように、後々、私達の子々孫々はトランプ以前の世界について尋ねてくるかもしれない。
その時にこの世界が映画「マッドマックス」或いは「北斗の拳」のようなモヒカンの人々がヒャッホーとかヒデブーとか叫ばないことを今は祈るばかりである。
そこまで酷くならなくても、映画「V For Vendetta」くらいにはなるかもしれない。

私の英語力のせいだが、アメリカの統計は色々と分野が跨っていたり、更新時期が意外と遅くて取りづらい。
日本も実は統計の更新が遅かったり、時系列の長さが十分ではないことがある。
何を言いたいかというと、皆、アメリカ、アメリカというのだが、そもそもアメリカの経済構造がどうなっているかを説明している論者をあまり見たことはない。

先進国では意外とイギリスの統計がよくまとまっている。
もし、ドイツ語やフランス語が分かれば、両国の統計も触ってみたい。
申し訳ないが、EuroStatやOECDの統計は今一つ使いづらい。

日本人はアメリカを語るのが好きだ。GDPや雇用統計やFRBというセリフで日本の論者はアメリカを語る。
だが、そもそもアメリカのGDPで何が多くを占めるのか、何の産業が強いのか、という話はあまり聞かない。
アメリカ企業で日本人が知っている社名はどのくらいあるだろうか?
自動車のBig3、マイクロソフト、アップル、グーグル、デュポン、ダウ・ケミカル、ゴールドマンサックス、マクドナルド、コカ・コーラ、ペプシコーラ、最近だとスプリントだろうか。

世界で一番経済規模が大きくて、企業の時価総額も大きな国なのに、何の産業がどのくらいの比率を占めていて、どんな企業が存在しているのか、ピンとこない。
だから産業別GDPくらいはきちんと調べようと思って調べてみた。
それが添付の画像である。

実は日本の産業別GDPと余り変わらないようだ。
2015年の実質ベースでは、アメリカの製造業の対GDP構成比は18.6%、日本は同年名目ベースで20.5%。
ここでおや?と思った。トランプに票を投じた多くの人々はブルーカラーの白人と報道されている。
しかし、その投票者達が経済的に占めるウェイトはそれほど大きくない。
では、どの産業が占める比率が大きいのか?卸・小売がアメリカが10%、日本が14%。
不動産(リースやレンタルなども含む)がアメリカ10.6%、日本が11.5%。
金融がアメリカ7.3%、日本4.5%、ビジネスサービス(日本では専門業務支援サービス)がアメリカ11.1%、日本7.3%、情報がアメリカ4.9%、日本5%…因みに今、世間を騒がせている自動車業界はアメリカ2.2%、日本3.2%(日本は自動車以外の輸送機械も含む、アメリカの自動車以外の輸送機械を含めると両国のGDPに占める比率はそんなに変わらない)。

アメリカは日本と同じように、日本以上にサービス経済立国である。先進国だから当たり前だろう。
では、そのサービス経済立国であるアメリカにおいて、何故、業務用空調メーカーや自動車メーカーに国境税を課税する云々言う必要があるだろうか?
もし、メイク・アメリカ・グレート・アゲインしたければ、ブルーカラーに職業訓練を施して、金融機関のトレーダーにするか、弁護士、会計士にすればいいような気がする。

ビジネスプロサービス…会計士、弁護士、経営コンサルがGDPの10%を稼いでいる。
不動産、金融を入れればそれだけでGDPの30%近くになる。
しかし、自動車は2.2%、実は飲食料品製造や化学セクターの方が比率が高かったりする。
興味深いのは、トランプ大統領はGDPの10%を占める不動産業出身。
不動産出身者が、GDPの数%の産業のために資本主義国とは思えない企業活動への政治介入をしている摩訶不思議。

摩訶不思議故に矛盾も生じるだろう。矛盾を感じているのは、トランプ大統領でドル高になる理由。
確かに拡張財政(公共事業によるバラマキ)がアメリカの潜在成長率を高め、金利上昇を招いてドル高になるという話の筋は理論上の動きとしては分かる。
だが、トランプ大統領は、製造業のアメリカ回帰を促したい立場のはず。
もし、ドル高が進めばアメリカの輸出競争力は低くなる。
そこでFRBに対して、過度のドル高にならないように抑制を働きかけるというのが自然な流れのようにも思う。

勿論、アメリカの内需だけでアメリカに回帰した製造業が食っていくという考え方はあるだろう。
だが、アメリカが経済大国でもiPhoneの価格を現状維持するためにはアメリカの需要だけではスケールメリットが出ないのではないか?
自動車メーカーがメキシコでの投資を止めてアメリカで増産して、それをすべてアメリカの中で消費できるのだろうか?

少なくともアメリカで製造を考えているメーカーからすればアメリカの内需だけでペイする計画を立てるのは簡単なことではないような気がする。

一方、もう一つ考えられるのは金融、不動産からするとドル高の方が自分の資産価値が高まるからありがたいという考え方もあるだろう。
専門サービスについても、会計や経営コンサルはアメリカ企業の独壇場であり、為替レートの変化に伴う価格転嫁が比較的容易であれば、ドル高を容認するかもしれない。

或いは、本気でアメリカの内需だけで回帰した製造業の需要を賄えると踏んで、数年後に目論見が外れる可能性もある。
先は読めないが、トランプ大統領というテールリスクが現実化する現在、あらゆるリスクシナリオを含んでおいた方が良いような気がする。

気が向いたらもう少し書きます。

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日本人が日本でMBAを取得しても無駄、に敢えて、卒業10年の新卒MBAホルダーが虚しく反論してみる [一匹狼ゆうくんのMBA激闘記]

※1以下の文章は著者が個人として完全な「趣味」で書いた文章であり、特定の組織の意見を代表するものではありません。
※2同様に下記内容に基づいて読者が何かしらの投資行動をしても、その結果について一切の責任を著者は負いかねます。
※3初稿は限定公開と致しますが、事前に著者に御一報頂ければシェアと転載を一切拒絶するものではありません。

家族から「誰が読んでいるか分からないような(知名度がない)ブログ」と言われているので、新年早々好き勝手言ってやろう。

切っ掛けはSNSの投稿で誰か(友人の友人)が下記リンクの記事について怒りを表していたから。
私もそう思った人間の一人だった。
http://toyokeizai.net/articles/-/144129
http://toyokeizai.net/articles/-/144128

それから思いがけずビジネススクール卒業10年と言うことであれこれと連絡があり、改めて年始にビジネススクールでの意味、卒業後に役に立ったかを反芻する機会を持ちたかった。
勿論、私の場合、新卒内部進学でのMBAホルダーであり、世間一般からすれば人数が少ないうえに更に使えないMBAホルダーとして扱われるだろう。

でも、敢えて大きな声で言う。在学中も卒業後10年間もただ一回も後悔したことはない。
寧ろ、感謝することの方が圧倒的に多い。授業料は十分に回収して余りある。
まるでどこか高名な神社仏閣から頂いた魔除けの御札のように事あることに私を助けてくれているような気がする。
そして、魔除けの御札は卒業して10年経っても、まだ私に「あの時の学び」の意義を問いかけてくる。
場所こそ大学院ではないが、毎日がビジネススクールの授業を受けているような感覚である。

ある先生がビジネススクールは「道場」と仰った。ビジネスは「常在戦場」であり、時として「修羅場」である。
しかし、時折、「道場」での教えがポンと蘇ったり、「なるほど、先生があの時嗚呼仰っていたのはこういうことだったのかぁ」と思ったりする。
常在戦場であり、修羅場なのに道場で苦労したのを楽しむような感覚で仕事に臨むことができる。

何故か?まず、私がMBAホルダーに比較的理解がある職場を選んだことがあるだろう。
生憎、MBAホルダーだからと言って何か優遇されることはない。
新卒なので普通の大学院生と同じである。
勿論、社内留学してMBAをとる人も多い。そういう人は海外留学であることが多い。
でも、キャリアを中断することなく、延々とビジネススクールの続きをできるのはメリットと私には感じられた。

では、ビジネススクールで学んだ何が役に立ったのだろう?
よくある議論は「人脈」や「箔がつく」という議論である。勿論、海外の有名ビジネススクールではそうかもしれない。
だが、客観的に見れば、日本のビジネススクールでグローバルに通用する箔と人脈には期待できない。
「元を取った」感覚も日本で日本企業に勤めているからである。
ただ、日本で仕事をしているだけでも元をとれるとしたら、授業料という投資対比では十分かもしれない。
(ただ、私の場合は親に学費を出してもらったので、まぁ、親を含む社会に還元しているということでご容赦頂こうと思う、ごめんなさい。でも、1年だったから留年したと思ってよ。)

アイビーリーグビジネススクールの留学体験記等でもよく語られるが、ビジネススクールとは終わりが見えない「インプット」と「アウトプット」の繰り返しである。
ケーススタディを大量に、短時間でインプットして、議論やレポートの形でアウトプットする。
本社に行くと「MBAで教えるロジカルシンキング・マーケティング・経営戦略」云々という本が多いが、それは申し訳ないが、表層的なスキルに過ぎない。
ビジネススクールの根本的なカリキュラムは「インプット」と「アウトプット」の高速回転である。

勿論、ただ本を読んで発表すればいいという子供の読書感想文の世界ではない。
自分の意見をロジカルに論理立てて説明して、先生やクラスメートを説得できないとスコアにならない。
私は直接、先生からロジカルシンキングという名前のスキルを学んだ記憶はない。
周囲と先生に納得して頂いて、スコアを、単位を、卒業をもぎ取るためにはロジカルであることが否応なく要求される。

しばしばMECE(漏れなくダブりなく選択肢を網羅する思考体系)やディシジョンツリー等がビジネススクールで学ぶロジカルシンキングかのように言われるが、私はそんなものを習ったことはない。
申し訳ないが、実ビジネスで起きることはMECEやディスジョンツリーでは綺麗に整理できない。
そういった場合にどのような論理体系で物事が動いているか、どんな概念と概念を結び付ければ目の前の事象が説明できるか、私が教わったことを説明するのであればそのようなやり方である。

図書館で発見されないように非公開にしているが、修士論文も書いた。
今以てももう少し真面目にきちんと書いておけばよかったと後悔している修士論文だ。
きっと図書館の奥底で私が死んでも永遠にページが開かれることはないだろう。
修士論文を書くことは勿論、大事。しかし、修士論文を書くために苦労した経験が一番大事。

ビジネススクールの一般科目の授業でさえも、「インプット」と「アウトプット」の高速回転だが、修士論文は一般科目の比ではない。
私は人生初の金縛りもこの時に経験した。
だが、答えが見えず挫折しそうになる先生や同期とのやり取りの中で一筋の光明が指す。
閃きの女神様は苦労した人間にしか微笑まないことを学んだ一瞬である。

この時の苦労が、長時間労働も休日出勤も問わず、多少のハラスメントらしきものにも心が折れないタフネスめいたものを私に与えてくれたのだろうと思う。
残念ながら、理論やフレームワークは陳腐化する。何より先に書いたように実ビジネスは完美に理論とフレームワークで綺麗に切り分けられるわけではない。
その時でも、対応できる術をビジネススクールでは与えてくれた。

例えば、five forcesについては「このフレームワーク通りにいかないときがあったら、特殊な人脈が存在する場合がある。その人脈が無くなった場合、フレームワークのように帰着するはずだ」といった教えを聞いた。
PPMについては「データの制約でマーケットシェアをとれない場合がある。その時は営業利益率で代用してもいい」…何故ならばマーケットシェアは市場支配力の代理変数であり、市場支配力の強さは利益率に反映されるという考え方であろう。

このような教えに加えて、修士論文では一般科目以上に「インプット」と「アウトプット」を繰り返す。
私は投資銀行の研究をしていたが、日経新聞のデータベースで片っ端からUnderwritingのデータを手打ちでまとめていたりもした。
「データが用意されていなければ自分でデータセットを作るところから始めよ」という教えはかなり今の仕事に役に立っている。

久しぶりに母校のHPを見ると、
http://www.mba.cm.hit-u.ac.jp/about/philosophy/
「本質的な思考に基づいて、長期的な視点から事業を展開できる人材の育成」
とある。

私もよく「本質を考えろ」と檄を飛ばされたが、理論のフレームワークがあろうがなかろうか、背景を因数分解して、一つの概念図として理解する考え方は10年経っても色褪せない。
恩師の一人は、MBAはMaster of Business Administrationではなく、「日本企業を理解する」ためのMaster of Business "Analysis"だと仰っていた。

恩師は良くも悪くも日本企業の信奉者だったと思うが、実はこれも後になって活きた。
外国人にとって、日本企業がこんなに理解不能な存在だったとは思わなかった。
「日本企業を論理的に説明できる」ことが実はグローバル化においては価値を持つことを意識したのはついつい最近のことである。

「長期的な視点から」としか書いていないが、そこには既存の欧米企業型の経営管理手法、欧米型ビジネススクールへのアンチテーゼが潜んでいると私は理解している。
私自身は必ずしも日本型経営の信奉者ではないが、Analysisできるが故に外国人に日本企業を理解してもらい、交渉を円滑に進めるといった場面で得をしている。

ここまで議論した時点で、私が通っていたビジネススクールが最初のリンクで謳われる「一般的な日本のビジネススクール」には当てはまらないと思うが、十把一絡げに日本のビジネススクールは使えないと一方的に断じる論調には違和感を拭えない。

恩師が言ったことで覚えていることは幾つもあるが、
「『MBAが会社を滅ぼす』の著者のヘンリー・ミンツバーグに『会社を滅ぼさないMBAを育てる』と言ってやったんだ」はとても印象的である。
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2016年のちょっと早い統括:エリート達が敗北した年-2017年の合言葉は「常識を解き放て」か?- [一匹狼ゆうくんの天下国家論]

※1以下の文章は著者が個人として完全な「趣味」で書いた文章であり、特定の組織の意見を代表するものではありません。
※2同様に下記内容に基づいて読者が何かしらの投資行動をしても、その結果について一切の責任を著者は負いかねます。
※3初稿は限定公開と致しますが、事前に著者に御一報頂ければシェアと転載を一切拒絶するものではありません。

クリスマスも呆気なく終わり、2016年も終わりを迎えようとしている。
明日から年末休暇に入られる方も少なくないだろう。
喉元過ぎれば熱さを忘れる、ではないが、イギリスがEUから離脱してヨーロッパが終わるとか言っていながら、トランプが米国大統領になったらアメリカが終わるとか選挙前に言っておきながら、我々は今のところ、きちんと生きている。

だが、イギリスのEU離脱とアメリカ大統領選におけるトランプ当選は後で振り返ればきっと大きな歴史の転換点になるような気がする。
大きな変化の序章だろうか?私は身震いしている。昔見た映画「V For Vendetta」そのものではないかと。
実際に多くの人々が「ガイ=フォークス」を被って、主人公の"V"の役回りを演じている。
映画のような殺人も爆破もない代わりにインターネット上で戦争以上の戦争が起きている。

映画「V For Vendetta」ではイギリスは独裁政権におかれて、アメリカはその前に戦争か何かで酷く衰退している。
同性愛者、イスラム教徒等のマイノリティ、反社会的な存在はその協力者まで強制連行される近未来。
たった10年前の映画に極めて近い現実がそこにある。
映画の粗筋は大体、破滅的な核戦争が世界を荒廃させてから独裁者が登場する。

ところが、現実には破滅的な戦争ではなく、一般の市井の人々が一般的な選挙により独裁者(正確には独裁者然とする、独裁者として振る舞いたい民主主義的なプロセスによって選出された為政者)を選ぶ。
社会を率いる「知性的なエリート」であるマスコミやアナリスト、大企業の経営者、学者達は「民主主義の後退だ」と口々に叫んで目の前の現実を認めない。
面白い矛盾だ。民主主義という合法的な、現状、世界で最も「正しい」はずの政治手段によって選ばれた為政者を世界の絶対悪と呼ぶ勢いだ。

「独裁者」を選んだ市井の人々はエリート達が進めたグローバリズムが格差を拡大し、自分たちを貧困にした絶対悪と叫んだ。
グローバリズム…ボーダレス化された国際資本主義体制…はソ連崩壊により共産主義が間違いだったと認識された後、世界で最も「正しい」はずの経済運営手段だったはずである。
政治と経済で世界で、歴史上、最も「正しい」手段が、独裁者と、格差と貧困という絶対悪を呼び込むという矛盾が生まれている。
おかしい、独裁者と格差と貧困を世界から無くすために民主主義とボーダレス化国際資本主義が多くの先人の知恵と犠牲によって生み出されたはずである。
現実は、正義が悪を呼び出す有様だ。まるで魔王を倒した勇者が次の魔王になるような事態である。

その結果が、「テールリスク」が次々と現実になった2016年と言う年だ。
正義を信じていたエリート達は酷く落胆しただろう。
しかし、イギリスのEU離脱、アメリカの大統領選の投票実況をネットで見ていた私は、素直にこう思った。
「どっちの選挙も離脱派とトランプ派が終始一貫勝っているじゃないか」と。
日本のマスコミはさも両派が互角化のように報じていたが、ぶっちぎりで離脱派とトランプ派が勝っていた。
これが現実なのだ。

間違っているのは誰だろう?「独裁者」に投票した正規の投票権を持つ市井の人々だろうか?
マスコミの論調は真面目に投票した人達を知性のない衆愚と言わんばかりで「反知性主義」という流行語を生みだした。
おかしいではないか?いつもなら政治や投票に関心がない人達が真面目に投票すると「反知性」と呼ばれてしまう。
投票権は行使するべきだと毎回、エリート達は市井の人々に訴えながら、いざ投票をすると衆愚扱いされてしまう。
こんな批判をする人達のどこが知性的なのか、エリートさん達の知性を私は逆に問いたくなった。

2016年はエリート達の矛盾が露見し、エリート達が敗北した年である。
各国を、社会を率いるエリート達はもっと素直にこの選挙結果を受け入れるべきである。
しかし、敗因をきちんと見つめる論調は少なく、専ら「反知性主義」のせいにしている。
実際には離脱派とトランプ派には相応数の高等教育を受けた人や富裕層も含まれるだろう。
ただ、今の社会を率いるエリート層とは距離を置いているだけの話である。
逆説的に市井の人々からすれば、これは無血革命であり、名誉革命の再現である。

今まで自分たちを衆愚扱いし、グローバリズムの名のもとに自分たちから富を奪い、貧困に追いやった存在に一泡吹かせてやったのだから。
王侯貴族に「民衆」がやったことと何が違うのだろうか?

逆立ちのパラドックスと私はいつも呼んでいる。
逆立ちをしている人を見た人が「相手が逆立ちをしている」と思う。
だが、逆立ちをしている人から見れば正立している人達は「逆立ちをしている」と思うだろう。
では、相手が逆立ちをしているとして、それは相手が逆立ちをしているのか、自分が逆立ちをしているのかどちらだろうか?

疑い始めればキリはない。だから私は言いたいのだ。
「自分の常識を解き放て、疑え、今までの常識を」
常識を疑ってかかることが2017年以降の次の時代の扉を開くと思う。
詳細はまた別の記事で。
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大河ドラマ「真田丸」が大人気だった理由を考察する-全ての組織人に贈る戦国版リーガルハイ&半沢直樹- [芸術文化学術]

※1以下の文章は著者が個人として完全な「趣味」で書いた文章であり、特定の組織の意見を代表するものではありません。
※2同様に下記内容に基づいて読者が何かしらの投資行動をしても、その結果について一切の責任を著者は負いかねます。
※3初稿は限定公開と致しますが、事前に著者に御一報頂ければシェアと転載を一切拒絶するものではありません。

最終回を見ただけで偉そうに「真田丸」を語るな!という批判は覚悟の上。
どうせ、ドラマを見るまでは「真田丸」のことさえ知らなかったんだろう?と言い返すとしよう。
通しで見たのは最終回だけだったが、確かに面白かったし、皆が見るわけだと思った。
逆に言えば、今までの回は見なくても最終回だけ見ればまぁ、雰囲気は良く分かった。

脚本も役者もナレーションも当代きっての人気者・実力俳優を集めてくれば面白いのは当たり前。
題材だって、ゲームなどで人気絶好調の「真田幸村」なんだから、ヒットしない方が困るだろう。
脚本家さんも良く分かっていて、きちんと大事な役回りで同じ生年の伊達政宗を最後半の重要人物に据えている。
なるほど、二人とも人気があるのはゲームの主人公だから、というだけではなく、生まれ年が同じで、戦国時代が終わりを告げようとする中、「遅くやってきた」中、最後まで「自分の在り方」を貫こうとしたと伝わっているからかもしれない。

時代考証について云々言いだすと最終回だけでも突っ込んみどころ満載で話が終わってしまう。
真田幸村がテーマ且つ主人公の現代ドラマだと割り切ってみるように心掛けた。
ドラマの粗筋は色々なサイトがネタバレ含めて紹介してくれているので大体、頭の中に入っている。
主演俳優のせいではなくて、敢えて戦国時代を舞台にしたリーガルハイと半沢直樹にしたな、というのが率直な感想。
理由は簡単で、そうした方が視聴率がとれるから。

時代考証とか歴史的な背景の厳密性なんか気にする気難しい視聴者を相手にするよりも、エンターテイメントとして、歴史や時代劇に興味がない人にもわかりやすくデフォルメしてしまえ、という究極が「真田丸」だったのだろう。
個人的には、真田十勇士が大坂夏の陣で勢揃いして、最後は徳川家康を打ち取って、豊臣秀頼を守って熊本城に落ち延びるストーリーにしてほしかったけど、やっぱり無理があったかな?

何故、リーガルハイと半沢直樹が受けたのか、をきちんと脚本家はきっと私以上によく分析しているだろう。
主演俳優の代表作をきちんと押さえたうえで効果的な演出をしたのだろう。
二つの人気ドラマに共通しているのは、「組織(社会や制度)にありながら、組織に抗い自分の意志を貫くヒーロー」である。
私も含めて現代人のストレスは組織であり、一番大きな組織は社会である。
思うように振る舞いたいけど、振る舞えないストレスで最悪、心を病んで自ら命を絶ってしまう時代である。

視聴者である我々現代人の潜在的な欲求は、「組織の中にいるけど、自分の意志を貫いて、逆に組織を動かしてやりたい」ではないだろうか?
実際には社長や総理大臣でもないと組織を動かせないし、そもそも社長であっても内外の様々な要因に左右されて、自分の意志を貫くことなんて中々できない。
だからドラマの中の主人公が代わりにそれをやってくれると拍手喝采である。
それも決して組織の上層部にいない人間がそれをやってのけるからこそ面白い。

リーガルハイでは事務所に所属しない個人事務所の弁護士、半沢直樹では一介の次課長が社会と大組織を自分の意志を貫いて動かしていった。
「真田丸」においても構図が全く同じだ。大名とはいえ、中央から離れた中小大名で常に周囲の大大名への従属を強いられた常に風前の灯火、存亡の危機にある大名の次男坊が主人公だ。
普通だったら、分家して本家を支えて一生終わりである。
後世まで子々孫々続くかもしれないが、人々の印象に残ることなく終わるだろう。

しかし、小大名の次男坊が最後には「日本一の兵」と呼ばれ、当時の最大権力者を切腹寸前まで追い込むからこそ、面白く思えるのである。
更にディテールがよくできている。時代考証はもうむちゃくちゃだが(戦国時代に「腐れ縁」なんて言葉があるか?)、「日本一の兵」=ケンカに強い人と思われがちだが、そう描いていない。

寧ろ、戦国時代から織豊政権に時代が移り、特に豊臣政権という巨大組織、今でいう巨大企業で働く有能なサラリーマンとして主人公を描いているところがポイントだ。
豊臣政権になれば朝鮮出兵を除けば大きな動乱はない。
どちらかと言えば、豊臣秀吉という創業者社長の下、石田三成のような若くて有能だが、現場経験が少ないプロパー社員と伊達政宗のような即戦力で現場経験豊富な中途採用社員をまとめて天下統一という事業を安定軌道に乗せる時代が豊臣政権の時代と言えるだろう。
その豊臣政権下で真田幸村は武勇で鳴らした武闘派というよりは官僚に近い組織人として、異なるタイプの大名や豊臣家のプロパー家臣を調整する役回りにあったと考えていいだろう。

時代こそ違えど、巨大組織で様々な厄介ごとを処理するべく駆けずり回るのは我々と同じである。
これもまたきちんと見たのは最終回しかないのだが、大坂の陣においても真田幸村の立ち位置は巨大組織のトップではなく主君にアドバイスをして、最後は現場で戦う役回りである。
もう少し真田幸村が早く生まれていれば豊臣秀吉のような「創業者社長」になれたかもしれない。

しかし、創業者である豊臣秀吉は、ライバル企業の社長だった徳川家康を半ば「買収」して、一つの大きな企業を作ってしまって、今更、真田幸村がどうやっても創業者社長にはなれない。
しかも、豊臣秀吉は次の社長は息子の豊臣秀頼だと言い切っている。
真田幸村は創業者社長に仕えた重役…でもないところがポイントである。
現代の大企業風に解釈すると、豊臣秀吉の五大老が取締役会のようなものであり、五奉行が執行役員のようなものだろう。
豊臣政権は先に述べたように徳川家康や上杉景勝、前田利家といった大勢力を買収・併合して成立した巨大企業であり、買収された企業の社長は取締役としてボードを形成している。

そうでもしなければ豊臣政権という巨大企業は直ぐに瓦解してしまうからである。
取締役が豊臣秀吉に心から服従していなかった代わりに、執行役員は創業者社長の子飼い5名にした。
それが石田三成などの五奉行とすればピンと来てくれるだろうか?
真田幸村は申し訳ないけど、五大老のような取締役級の大大名でもなければ、五奉行のような執行役員クラスの子飼いでもない。
上に見積もっても五奉行(執行役員)より下の部長クラス、或いは部長が父親の真田昌幸とすれば、まさに次課長クラスだったと言えるだろう。

しかし、創業者社長である豊臣秀吉が亡くなると、無理やり合併されて、規模も大きかった徳川家康が独立し、更に企業を乗っ取ろうと動く。
残念ながら取締役会の中でも徳川家康に対抗できるものはおらず、中には屈服して同調するものも出現した。
執行役員も大半が辞職に追い込まれる(=合戦で敗死してしまう)。

部長であった真田昌幸は反感を覚えるが、取締役と仲が良かった部下の真田信幸次課長は徳川取締役を完全悪とは言えないと考える。
真田家=真田事業部は徳川取締役につくか、創業者の子飼いの残存社員と取締役の横暴に立ち向かうかを議論して袂を分かつ。

関ヶ原の戦いとは創業者社長の薫陶を受けた執行役員軍団(石田三成などの西軍・毛利輝元は形だけ・上杉景勝はまぁ別動隊だけど)と別会社だったのに止むを得ず合併されたことを許せず、創業者亡き後、自らが社長になろうとする取締役(徳川家康)及び創業者子飼だが執行役員に反感を抱いていた部長達(福島氏や加藤清正)の戦いだったと言えるだろう。
そりゃ、誰もベテランの取締役に勝てるはずなく、執行役員たちは辞職。

石田執行役員達に呼応して徳川取締役の動きを妨害していた真田事業部は当然、解散させられ、九度山に流される。
徳川取締役に付いた真田信之次課長は部長になったが、窓際部長に過ぎない。
勿論、真田幸村次課長についていきたかった係長などもいたことだろう。

この後、徳川取締役が正式に社長(征夷代将軍)になり、いつの間にか社名は豊臣秀吉政権から徳川幕府に代わってしまった。
今度は前代の創業者社長の豊臣社長恩顧の人間が会社を追われる危機に陥った。
全社を統括していたはずの豊臣秀頼は二代目社長になれず、副社長の名前こそあったが、実際には小さな豊臣事業部、いや会社分割により中堅企業に落ちぶれた豊臣秀吉株式会社の若い二代目社長にしかならなかった。

真田昌幸部長は左遷先の九度山で亡くなり、徳川株式会社を事実上、クビになっていた(入社を進められたが、断った体の)真田幸村元次課長は豊臣秀吉株式会社に舞い戻ってきた。
豊臣秀吉株式会社の社長は二代目の豊臣秀頼社長だが、会長は淀君という未亡人だった。
淀君会長は前任の取締役も誰も味方せず、執行役員は殆ど会社を去ったのちに亡くなり、頼るものがいない中、幸い、真田幸村次課長が戻ってきた。
ここで真田幸村次課長を小さいながらも豊臣秀吉株式会社の取締役待遇で迎えたいところだったが、他の前任の部長が何人か取締役として復帰して在籍している中で彼らを飛び越して取締役や部長にできない。

ここまで来るともはや半沢直樹顔負けのサラリーマンドラマである。
真田幸村次課長は部長のような待遇ではあるが、取締役達が実務が分からないがために取締役並みの仕事をするしかない。
しかも、他の部長達は元々は次課長ですらない係長や主任レベル以下の人間(長曾我部氏のような例外はあったと思うが)に過ぎない。
当然ながら、彼ら元係長や主任からすれば、そんなに立場が変わらない次課長が偉そうな顔をして指図するなと思うだろう。
ましてや元々部長級で今は取締役級の大野治長としても、元々次課長レベルだった真田幸村の活躍は面白くないだろう。

創業者社長を慕って二代目経営者のために小さくなった豊臣秀吉株式会社に戻ってきても厚遇されない真田幸村部長、可哀想である。
しかし、彼は曲者の他の部長(もともとは主任や係長クラス)と心を通わせ、現場で勲功を上げることで立場を認められるようになる。
取締役からも一目置かれるが、内心、面白くないと思われても仕方ないだろう。
人材のレベルも有能な人材は徳川幕府株式会社に行ってしまい、人材のレベルも高くなかっただろう。
戦略判断のミスも目立つ。それも取締役や会長の独断が目立つ。ここは現場感覚がない経営陣そのものだろう。
二代目社長の豊臣秀頼社長は真田幸村部長の活躍を信じているが、他の部長と会長、取締役の手前、慎重にならざるを得ない。

しかし、徳川幕府株式会社は大軍を以て、豊臣秀吉株式会社を潰しに掛かる。
社内の調和に心を砕きつつ、最後は徳川幕府株式会社に内通していると疑われてしまい、致し方なく勝ち目のない戦いに身を投じる。
息子の真田大助主任に別れを告げ、最後まで会長、社長に希望を与え、部長秘書の「きり」を徳川出身の社長夫人の護衛に付けるなどの手配もする。
嗚呼、なんて真田幸村部長は素晴らしいんだろう。私怨で銀行を濫用しようとした半沢直樹次長の何倍も偉い。
そして、最後は成立しないと分かっていても、やらねばならない超大型プロジェクト「徳川社長の辞職」を狙って勝負をかけるも力及ばず…。

途中で気付いた。この物語は全てのサラリーマン、組織人に贈る、戦国時代版の半沢直樹だと。
部下を労り、部下も部長を慕って命を懸けてもついてきてくれる。
例え、会社員人生がここで終わっても大型プロジェクトに携われて、名前も残って、兄弟の子孫が残れば御の字だろう。
(しかも、次男以下は伊達政宗徳川幕府株式会社執行役員部長が面倒を見てくれると確約してくれたしね)

刀や鉄砲の腕前(=個々人のスキル)が大事じゃない。
戦国時代も現代社会も最後は組織の中の処世術と人望に尽きるんだぁと感じた次第である。
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もうトリガーイベントの名前なんてどうでも良いか?:ブレグジットショックか?ドイチェバンクショックか?欧州金融機関危機か?まさかのチャイナショックか? [経済学・経営学(応用的分析を含む)]

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※2同様に下記内容に基づいて読者が何かしらの投資行動をしても、その結果について一切の責任を著者は負いかねます。
※3初稿は限定公開と致しますが、事前に著者に御一報頂ければシェアと転載を一切拒絶するものではありません。

時間帯的(2016年7月9日の明け方に書いています)にアメリカの雇用統計を見守っていた方も多いだろう。
ド素人の私には何故、関係者が好き好んでこの指標で物事を決めるのか、良く分からない。
先進国の中で一番人数が多いから?
雇用が大事じゃないというつもりではないけど、他にも参考になりそうな指数っていくらでもありそうなんだけどね。
まぁ、日本の株価が下がると円高になるのもある意味同じか。

強いて言うのであれば、雇用統計が好調だったのに円高になったのか意外。
アメリカの経済が回復していると受け取っているはずなのに円高。
つまり、今世界中を取り巻く経済リスクをアメリカ一国に引き取らせるには酷かという判断が働いたか。
しかし、元より円高トレンドは続いており、今に始まったことではあるまい。

ということで私はその瞬間、その瞬間の経済指標の変動にあまり興味がない。
ただ、時系列で見てきたときにトレンドの変節点になるかどうかは大事だ。
特に今は、本当にリーマンショック級が来るのか、きちんと見守るべきだと私は思う。
ブレグジットから2週間、月も変わって様々な指標も出始めてきた。

案の定、株は明確に下がり始めてきた。
「急に上がったものは急に下がる宿命にある」と私は思っているが、今回も実証された形だ。
そしてその表裏として、円高も進んでいる。
楽観論者の皆様には申し訳ないが、株も円も「リーマンショック前」の水準になっている。
何か、バッドニュースが流れれば(トリガーイベントが起きれば)それをきっかけにダムが決壊するがごとく一気にショックが広がるかもしれない。

では、何がトリガーイベントになるのか?こればかりは浅学無知の私では到底想像できない。
ただ、いくつかヒントになりそうな話を見つけてきた。
http://jp.reuters.com/article/deutsche-bank-imf-idJPKCN0ZG2HV
http://www.nikkei.com/article/DGXMZO04454470V00C16A7000000/
何とIMF(国際通貨基金)様がドイツ銀行を国際金融りステムリスクが最も高い銀行と名指しで書いているということらしい。

慣れない英語で原典のレポートを探したのが↓
http://www.imf.org/external/pubs/ft/scr/2016/cr16189.pdf
P29-31が該当部分の解説なので英語がお得意な諸君は是非、読んで頂きたい、というか既に読まれていることであろう。
figure15に国際金融システムに重要な金融機関のリスクが示されているけど、踏み込んでいるなぁと関係者は皆思っただろう。
しかし、グラフの単位も何もわからないこの一枚のグラフで決めつけられたらドイツ銀行もたまったものではないだろう。

余談になるが、ドイツ銀行と聞いて、リーマンショック前の就活を思い出す。
当時はGSやらJPMやらMSやらから内定をもらった人たちについて噂が飛び交っていたが、よく聞いたのは「XXXは初任給○○○万円でGSにサインしたらしいぞ!」「え?△△△は◇◇◇万円でMSらしいぞ!」なんて話。
その後、今もこんな景気のいい話があるか知らないが、バブっていたなぁ(遠い目)。
そんなリーマンショック前バブル入社組の私にとって印象深いのは、私がこの種の噂を聞く限り、一番高い金額を出していたのがドイツ銀行だったから(笑)。
記憶する限り、1000万円超で初任給の中では破格だった。
肝心のどこの誰が入行したかは知り合いでもないので覚えておりませんが。

ドイツ銀行なんて呼ぶと外資系投資銀行就活組から無知を指摘されてしまう。
「ドイチェバンクが正式名称だ!」…失礼しました。
ドルチェはデザート、ドイチェは銀行、と一生懸命覚えたのは何年前だろう。

話は脱線したが、2016年念頭からドイチェバンク経営危機は噂になっており、
ブレグジットにおいてはジョージ=ソロス氏がドイチェバンクに空売りを仕掛けて利益を上げている模様。
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2016-06-28/O9GZLG6JTSG701
歴史が長く、格式が高い憧憬の対象であったドイチェバンクかくも投機の標的になるとは実に恐ろしい時代である。

ここにきて、ドイチェバンクだけではなくイタリアの金融機関の不良債権問題も再び注目されている。
だが、大切なことはドイチェバンクの経営状態でもなければイタリアの金融機関を公的救済するかどうかではない。
株と為替の動向は、明確な下落局面を指示している。
後は、トリガーイベントを欲しているだけである。
ドイチェバンクもイタリアの金融機関もトリガーイベントに過ぎない。
それはあたかも、好きでもない寧ろ嫌いな男性に告白された女性が、「生理的に嫌いだから」という最後のカードを切る前に難癖をつけて男を振ろうと知恵を絞るのに近い。
表現としては差別的かもしれないが、直感的にわかりやすい説明だと自負している。

ドイチェバンクの経営努力によって、噂を払拭できたとしても、ドイチェバンクの代わりにトリガーイベントの切っ掛けになる金融機関はほかにもたくさんある。
そして、中国…ブレグジットを切っ掛けに中国がイギリスに投資するという報道も流れている。
アヘン戦争から150年超を過ぎて、漸く中国はイギリスに攻め上れるのでさぞや嬉しいだろう。
だが、イギリスの不動産ファンドの解約停止が発生しているようにイギリスの不動産を購入しても価値がどうなるかわからない。

↓のような記事もあるが日本人が欧州ブランドに憧れるように中国もまた欧州に憧憬を抱く。
http://japanese.china.org.cn/business/txt/2016-03/17/content_38051188.htm
だが、しこたま欧州に投資をした状態でもし、ユーロやボンドが暴落したら?
EUから離脱する国が続出して、ユーロの価値が大きく減価したら?
中国も一たまりもない。貿易でも大きなダメージを受けるだろう。

もし、このような事態になれば中国ざまぁみろ!と日本人は叫ぶだろうが、事態はそんなに甘くない。 
中国がダメージを受ければ、日本の株価は更に下がる。
今や、日本株はアメリカがくしゃみをすればインフルエンザ、中国が鼻水をたらせば肺炎である。

日本の東証一部の時価総額をドル建てにして、円ベースの東証一部時価総額と比較するとある時点で乖離が生じている時期が過去に存在した。
リーマンショック後から2012年秋頃、安倍政権が成立する前までである。
この時期、東証一部の時価総額は低かったが、円高のため、東証一部の時価総額のドル換算値は結構高かった。
日本の株価が下がれば円高になるので当たり前と言えば当たり前かもしれない。

しかし、1998年以降のS&P500と東証一部の時価総額のドル換算値はほぼトレンドが一致する。
日本株を大量に買い込んでいる外国人投資家は恐らくドル換算値で日本株を捉えているだろう。
もし、日本株のドル換算値とS&P等の米国株を代替関係と見なしていればトレンドが似通っても不思議ではない。

仮にアメリカなどの外国人投資家が日本株のドル換算値とS&P500の裁定取引をしようとした場合、日本株が低かったらどうなるか?
恐らく日本株のドル換算値がS&P500と同じようなトレンドを示すように円を買い込むだろう。
従って、日本に起因する日本株が下がるような事態、政治の空白、日銀政策の限界の露呈などがあれば、円高はより進む可能性がある。
勿論、より日本株は下がる可能性もある。

世界情勢と共に日本も危ない橋を渡ることになるかもしれない。

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Brexit Shock:ブレグジット・ショックは単なる妄想で終わるのか、8年前の亡霊が蘇るのか? [経済学・経営学(応用的分析を含む)]

※1以下の文章は著者が個人として完全な「趣味」で書いた文章であり、特定の組織の意見を代表するものではありません。
※2同様に下記内容に基づいて読者が何かしらの投資行動をしても、その結果について一切の責任を著者は負いかねます。
※3初稿は限定公開と致しますが、事前に著者に御一報頂ければシェアと転載を一切拒絶するものではありません。

「8年ぶりだな。」
「ああ、間違いない、【経済ショック】だ。」
と某アニメに出てくる某司令官のように冷静に受け止めた方は少ないだろう。
2016年6月24日は政治的にも経済的にも歴史に残る「ブレグジット・ショック」の初日になるだろう。

「エゲレスなんて遠い遠い国のことなんて全く知りませんぜぇ」というど素人全開の私も何だかんだ言って、離脱はギリギリのところで回避するだろうと思っていた一人。
現実は斜め右上仰角45度を行っていたということになるだろう。

ただ、以前から書いてきたように「リーマンショック級」の経済ショックが起きる素地はできており、ブレグジットは「トリガーの一つ」と見た方がいいかもしれない。
極論のたられば論だが、イギリスがEUに残留していても、何かにつけて経済ショックが起きていた可能性は高いと思う。
最初のトリガーが中国なのか、イギリスなのか、それだけの問題だったのではないかと思う。

リーマンショック後の中国の公共投資、欧州危機後の各国の連帯で辛うじて保っていた世界経済の微妙な均衡は早晩崩れる運命だったのではないか、というのが私の素直な思いである。
もし、イギリスがEUを離脱しなくても、中国のシャドーバンキングやアメリカの利上げ強行等、「こじつけ」となるトリガーイベントは幾らでも準備できたはずだ。

今回のブレグジットがそのまま中長期の景気後退(リセッション)の引き金になるかわからない。
この記事を書いている日本時間6月25日5時過ぎ時点では、円ドルレートは安定的に推移しており、ブレグジットで売りに走るのは悲観的だとの思惑から、買いが戻ってくるという見方は短期的には成り立つと思う。

前回の記事でお見せしたグラフのように、経済指標はつるべ落としのように綺麗に落ちるということは通常ない。
下がったり、上がったりを繰り返しながら、中長期的に振り返ってみると下落トレンドだった、というのが過去の経済指標の動きが教えてくれることだ。
きっと、反動で値上がりを待っている人も多いだろうが、私はど素人なのでそんな勇気はない。
じっくり、ゆっくりと中長期的なトレンドを追いかけることにしたい。

リーマンショックの時がそうだったように、リーマンブラザーズが破綻したから経済危機が深刻化したわけではない。
一連の経済ショックの象徴的な出来事をリーマンブラザーズ破綻になぞらえたようなものであり、知名度は高くなくても金融機関の破綻は相次ぎ、それが一連の経済危機になったと考えた方がいいと思う。
場合によってはリーマンショックではなくてベアスターンズショックでも良かったわけだ。

リーマンショックの事例に立つのであれば、今後も短期的にトリガーイベントが起きるような気がする。
根拠はない。正直なところ、直感でしかない。

ただ、この種の経済ショックが起きればまず通貨の下落(減価)と株価下落が起きる。
(日本は株価下落と通貨の上昇(増価)が起きる不思議な国の一つだが、ここでは捨象)
そうすれば真っ先にダメージを受けるのは金融機関だ。
小国かもしれないが、金融機関が一つでも破綻すれば危機は連鎖する可能性がある。
ヨーロッパや中国の中小金融機関が資産価値の下落に耐えられず白旗を上げてしまえば、それがトリガーイベントということになるかもしれない。
或いはファンド、投機筋は金融市場が荒れれば資産の現金化、ポジションの手仕舞いを急いで売りが売りを呼ぶ展開もありうるだろう。

金融セクターがダメージを受ければ、企業セクターへの資金供給が滞り、設備投資や貿易の動きが滞る可能性が高いだろう。
日本の場合は一連の金融緩和があるので、やはりヨーロッパや中国でこのようなことが起きやすいと思う。
そして最後に企業セクターから給料をもらって生活する家計セクターへの影響が出てくる。
家計セクターが不調になれば預金や消費の減退と言った形で金融、企業セクターへのダメージは拡大していく。

金融セクターのダメージが家計セクターに波及するのには時間差があるようだ。
ただ、今回引っ掛かるのはイギリスのEU離脱まで2年間を要するということ。
前例がないことだから、当然ながら議論は紛糾するだろう。
その間にEUのほかの加盟国で経済的、政治的な動きが活発化すればダメージが拡大する可能性がある。
或いは、イギリスのEU離脱、アメリカや日本などの政治的な空白を狙って国際的なテロ組織が勢いづけば更に混乱は拡大する。
逆説的に言えば、ブレグジット・ショックは「終わりの始まり」であり、小康状態になることもあれば、小さなショックが続くこともあるだろう。
残念ながら、これらにも根拠はない。私の直感だ。

アメリカと中国経済がどれだけ持ちこたえるかにもよるが、日本経済への波及には若干のタイムラグがあるかもしれない。
この間にマスコミは政府の大本営発表宜しく「大きなダメージはない」「日本経済に懸念はない」と報道するかもしれないが、少なくとも私は鵜呑みするつもりはない。
私のグラフは日本の東証一部時価総額と日本円ドルレートだけしか示していない簡単なグラフだが、それでも明確な道を指し示しているような気がする。

もう少し楽観的に構えてもいいかもしれないが、過去に苦い経験があるのは以前の記事で書いた通り。
経済ショックが起きた時は楽観論を一旦封印して、冷酷なレアリストに徹した方がいいと思う。
尚、何度も書いたように未来の見通しについては定量的な根拠何て示せない。
正直、私の「直感」以上のことは何も言えないので悪しからず。
この先どうするべきかは自己責任で考えてほしい。

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それで「リーマンショック級」はいつやって来るのか、来ないのか? [経済学・経営学(応用的分析を含む)]

※1以下の文章は著者が個人として完全な「趣味」で書いた文章であり、特定の組織の意見を代表するものではありません。
※2同様に下記内容に基づいて読者が何かしらの投資行動をしても、その結果について一切の責任を著者は負いかねます。
※3初稿は限定公開と致しますが、事前に著者に御一報頂ければシェアと転載を一切拒絶するものではありません。

(冒頭、何度も書いている話でスミマセン…)あれは今も鮮明に覚えている2008年1月のこと。
私は某業界のデータを前にして、悩んでいた。約10年周期の明らかな景気変動をそのデータは示していた。
そして、私の目の前でデータは語っていた。「次の景気後退がやって来る」と。
しかし、私は適切なアラームを出す勇気はなかった。いや私だけではなかったと思う。
当時、駆け出しの私でも気づいていたことだ。ベテランは皆、気付いていたはずだ。
それでも、誰もがアラームを出すに至らなかった。

それから1年も経たず未曽有の経済危機がやってきた。
その悲惨さは敢えてここで語るまでもないだろう。そして私もここでゲームセットだった。
リーマンショックが起こした悲劇と直面する前に私は戦力外通告を受けたのも同然だった。
だが、当時のボスが言っていたことは忘れない。
「リーマンショック前の資源価格高騰は、先進国から資源国への富の移転」だったと。

私は事実上の戦力外通告を受けた時に思った。「次のリーマンショックは見逃さない」
「次のリーマンショックを追いかける」と…。2010年代前半を見ても、
中国の4兆元投資、ギリシア危機、ブラジル、次のリーマンショックの種は既に撒かれていた。
太陽黒点周期説、欧米系投資銀行10年リストラ周期説などを考えながら、8年が経った。
直観的には昨年2015年が2007年に似ていると言えば似ているかもしれない。
リーマンショックの時も「変調」が起き始めたのは2007年だ。

しかし、地震予知が難しいように、いや、それほど難しくないとは思うが、経済危機の予知も難しい。
東海地震や南海トラフが「そろそろ」「もうすぐ」と言ってみても、具体的な時期と場所を予知できないのと同様、経済危機も「そろそろ」と言ってみることはできても、「いつか」までは予言できない。

もっと言えば、リーマンショック前と今では環境が違う。
資源バブルとサブプライムローンの終焉がリーマンショックの前奏だったが、原油価格は上がってきたとはいえ、当時に比べれば低い水準だ。
アメリカも利上げするかどうかでもめるほど、往時の勢いはない。
だが、「何かのバブル」が弾けるからこそ、経済危機が起きる。
バブルとは、「実力以上に無理をしている経済」である。
では、何が無理をしているのだろうか?

まずは中国だろう。4兆元の公共投資は何をもたらしたのかここで多くを語る必要はないだろう。
そしてもう一つは日本。しかし、日本経済は過去25年不調なので日本経済が今更ひどくなっても世界的なインパクトはないかもしれない。
ここでイギリスがEU離脱ということになれば、本来起きるべき経済危機が前倒しになるかもしれない。
そして、アメリカ大統領選。考えてみると、経済危機の周期が8-10年なのは当然かもしれない。
主要国の大統領や国会議員の任期は4年。2期8年とすれば構造変化が起きるのも当然だ。
いや、構造変化が政治の変革を求めるのかもしれないのだが、ここではその議論はやめておこう。

私は、日本の株式市場にリーマンショックの後、一切失望し、一切投資しないと決めた。
それでも、定点観察をしているのは世界の経済イベントを色濃く反映するためだ。
そして今、日本の株式市場が指し示そうとしているのは「宴の終わりが近い」ことのような気がしてならない。

恐らくこんな悲観的なトーンで書けば、多くの方は反論したいだろう。
実際に、今今だけを切り取って考えれば、前述のように原油価格は落ち着いているし、株価も小康状態だ。
しかし、楽観論者に問いかけたいのはここから株価が再浮上するシナリオがあるか、どんなシナリオが考えられるか著名エコノミストは指し示していない。
消費税率引き上げ延期も現状維持であって、経済成長のシナリオではない。
新三本の矢で数値目標を出しているが、成長シナリオは皆無だ。

株価についても株価が戻すシナリオを描いているマスコミ報道を見受ける。
だが、過去のデータが指し示す限り、「大きく下げる前に少し戻す」傾向がある。
少し戻した後、ストーンと落ちるというトレンドが大きい経済ショックの前後で過去25年で3回存在し、今回も現状までほぼ同様のトレンドを示している。

もう経済成長するとか、株価は上がるとか、無理やり楽観論を言うのはやめましょうよ、というのが私の思いだ。
そもそもアベノミクスは、異次元緩和という形で人為的にバブルを引き起こし、株式・不動産の資産バブルを引き起こし、資産効果により消費の底上げを図りつつ、構造改革までの時間を稼ぐもの。
だが、3年を過ぎても構造改革ができなかった。各種改革案も既得権益層のおかげで骨抜きにされた。
これはもう仕方ない。音頭をとっている人が既得権益層から選ばれた人なんだから、逆らえるはずがない。
最初から既得権益層から選ばれた人が構造改革なんてできるわけないし、そんなことをしたら暗殺されたって文句が言えない。

異次元緩和と構造改革は車輪の両輪だったはず。それがいつしか片輪走行になった。
そりゃ、経済が持つわけがない。バブルだと見透かす海外投資家がそっぽを向いてもおかしくない。
構造改革の見込みが立たない時点で、本来であれば解散総選挙を行って異次元緩和も止めてよかったのではないか。
既得権益層を意識して、「構造改革解散」をしてよかったのではないだろうか。
解散総選挙に打って出ても、民進党(民主党)の政権運営能力を考えれば、構造改革と経常的な経済運営を両立できるはずがない。
多少、議席を減らすことになっても、どのみち自民党が再び国民の信任を得たはずだ。

勿論、過去のifを語っても意味がないかもしれない。
ここまで来てしまうと異次元緩和の片輪走行を終焉まで続けるしかないだろう。
それでも、自民党は幸福だ。野党の「敵失」によって、次の4年間も政権を運営できるはずだ。
次の四年間は、改めて「構造改革」を掲げてほしいが、難しいだろうなぁ。

話が脱線したが、アベノミクスはそれ自体が元々人為的なバブル経済だったのだから、人為的なバブルを仕掛けた本人が「リーマンショック級がもうすぐ来る」と言ってしまうのは、マジシャンのネタ晴らし、映画監督のネタバレみたいなものである。
日銀の政府からの独立性というお題目を抜きにして考えれば、安倍首相が日銀に異次元緩和を止めろと圧力というかサインを送れば、そこでアベノミクスは終わり、経済危機が起きるからだ。
現にアメリカが、アベノミクスは時間切れと言わんばかりに為替介入に待ったをかけた。
恐らくアメリカが忍耐できた時間制限は2-3年と言うところだったのではないか。

中国については多くのチャイナウォッチャーの先生方が高論、清談されているのでここでは割愛する。
ただ、私個人の思いを言うのであれば、「日本がオイルショックで高度経済成長が終わったように、中国の高度経済成長も「いつか」終わるべきものである」。
但し、「いつか」がいつなのか私も分からないし、分かれば、このブログをとうの昔に有料化しているだろう(笑)。

ご参考までにグラフを貼り付けるので過去のトレンドと今を比較して、今後について思いを巡らせてほしい。

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